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夏、夢、涙

かなしくて

はかなくて

うつくしい

そんな夢を見た


暑い日だった。
気が付いたら街中にいて、
気が付いたら足が動いていた。
どこかに向かうわけでもなく、
ただなんとなく歩き続けた。
しばらく歩くと、森が現れた。
それを見て「きっとこれは夢なんだろうな」って思った。
そうじゃなければ説明がつかない。
目の前に現れた森はどこか儚げで。
オレはそれに引き込まれるようして、森の中へと足を進めた。
夢の中では時間感覚などあってないようなもので、
どのくらい時間が経っているのか知ることができない。
そんなことを考えながらとにかく歩き続けた。
やがて、木々が少ない開けた場所に出た。
そこには大きな池があって、何十、何百もの蓮が咲いていた。
その中心、池の真ん中に彼女はいた。
そのヒトは水の上に立っていた。
長くて黒い髪とその髪と同じくらい黒い着物を着たそのヒトは、水面をずっと眺めている。
やがて彼女は水面を見るのに飽きたのか、そっと顔を上げた。
視線と視線がぶつかる。

知っている

知っている

オレはこのヒトを知っている


着物の中の赤い金魚が水の中へと泳ぎ去る。
近くにある蓮の花がはらはらと散っていく。
彼女がこちらへと歩み寄る。
オレはその場から動けずにいる。
蓮がまた、花を散らした。
ゆったりとゆったりと、彼女が歩み寄る。
やっぱりオレは動けない。
池の淵ギリギリのところで、そのヒトは止まった。
手を伸ばせば届く、そんな距離。
そのヒトは儚げに微笑んだ。

知っている

知っている

オレはこのヒトを知っている

このヒトはオレの――


いつの間にか金魚は着物の中に戻っていた。
蓮がまた、花を散らす。
そのヒトはオレを見つめたまま、ゆっくりと手を伸ばして――
「先輩、こんな所で寝てると風邪ひきますよ」
目の前にはハヤトがいて、いつもの景色が広がっていた。
どうやらオレは縁側で寝ていたらしい。
池もあのヒトも見当たらない。
やっぱり夢だった。
風が風鈴を鳴らして通り抜けていく。
「先輩、泣いているんですか?」
心配そうに覗き込んでくるハヤトに見られたくなくて、
オレは慌てて腕で顔を隠した。
「なんでもない。なんでも…」
「そうですか」
ハヤトはそれ以上は聞かずに、静かに腰を下ろした。
オレは目を閉じて、夢の最後を思い出す。





長くて黒い髪のそのヒトは、
赤い金魚柄の、黒い着物が好きだったそのヒトは、
ゆっくりと手を伸ばして、オレに触れた。

「大きくなったね、リュータ」

知っている

知っていた

オレはそのヒトのことを知っていた

優しく微笑んで消えてしまったそのヒトは、

オレの、母親だった



09.08.03

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あきゅろす。
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